第9話 「過去」

このアニメは常に人間関係の基本を自己中心的な利害のぶつかりあいにおいていて、そこには嘘がないからリアルである、とこれまでも書いてきたが、この場合も榛名と阿部の関係はそれぞれの自分にとっては正しい倫理的な考えの衝突であって、そして結局のところお互いに相手の考え方を受け入れていない。ここにも安易に相互理解を許さない他のマンガやアニメではあまり見られないリアルさがある。

しかし、相手の考えを理屈としては理解しているのは、阿部の場合はが榛名の考えを一度認めた上で最低だと言ってることからはっきりしている。榛名の場合は阿部の考え方は常識的な考え方なのだから、それを理解した上で自分の非人道的な行動をあえて選んでいると考えるのが自然。阿部に胸倉をつかまれて壁に押し付けられたときの一瞬の躊躇からも、常識的な考えがない馬鹿ではないことがわかる。だから、榛名と阿部の関係には関係には理屈としては理解できても、それによって自分の信念は変えられないという残酷な現実が表されている。

しかし、だからこそ榛名が阿部によって実は影響を受けていたという事実は、強い現実感をもって感じられる。お互いが自分の利害を貫こうとして妥協しなかったからこそ、相手の本当の姿を感じ取ることが出来る。その辺のことはこのアニメの主筋ではないので詳しく描かれていないが、これは正に今三橋と阿部が築きあげつつある関係だといえる。阿部は成長しているし、三橋と榛名は正反対の性格であれど、お互いが自分の野球に関する対する利害に従って行動していて、相手の考え方を受け入れられないという点で同じ。三橋と正反対の榛名と阿部の関係を示すことによって、三橋と阿部の関係を引き立たせるというのが、榛名が登場した理由だと思う。しかし状況がまったく違うのだから三橋と阿部はまったく違った解答を出すはず。

今回は阿部の中学時代と現在のシーンがよく対比的に表現されていたが、それによって阿部の成長を強く感じた。これまで阿部は妙に大人びていて多少高校生としては不自然さを感じたが、中学時代に榛名との関係で苦労したからそういう性格を獲得したということが今回はっきりと理解できた。それに対して三橋は中学時代ほとんど他人と意見をぶつけ合うというような経験はなかったわけで、他人と関係を築くのが非常に不器用。ここでも自分の目的のために余計なことは考えないというある意味大人びた性格を持っていた榛名と、自分の信念をがむしゃらに他人に押し付けようとしていた阿部の関係が、現在の阿部と三橋の関係に重なる。良くも悪くも大人のように強い信念を持った榛名との関係から学んだことを、今度は阿部が三橋に対して自分の信念を強く示すことによって伝える。この構図が非常に美しいと思った。