第16話

北村編解決編。展開に無理がなくドラマチックでとても感動的だった。

しかし、萌えアニメとして優れている、または自分はこういうのが見たかった、とはいえないと思う。典型的に萌えアニメで描かれる理想化された登場人物を「キャラ」と呼び、一般のテレビドラマなどで描かれるような現実に近い登場人物を「人間」と呼ぶなら、とらドラ!の登場人物は「人間」に近いと言えるだろう。「キャラ」と「人間」の違いは自分の生き方に根拠のない自信を心から持てるかどうかで、「キャラ」はそれを持てるが「人間」は持てないといえる。だからこそ人は「キャラ」に憧れる。とらドラ!の登場人物が「人間」に近いということは、今エピソードでは北村君と会長の両方の「キャラ」的な根拠のない自信が覆されたことに強く表われている。また、今回のラストの作画の崩れた動画も、理想化された「キャラ」的な表現を避け生の「人間」を描こうとした結果だと言えるだろう。しかしそういった「人間」は僕が萌えアニメに求めているものとは違う。僕が求めているのはもっと萌えの様式美的な枠組みの中で描かれるフィクショナルな美しさであるように思う。「違う」というだけで「悪い」というわけでは、もちろんないのだけれど。