第4話 「夏色のプールサイド」

「始めてだ、秋姫のこんな表情。」

なんというか、この作品は毎回素で感動してしまう。

まず前回もいった視聴者にも登場人物にもメタレベルへの逃げ場のない作品世界というのがある。その制約の中で、石蕗のすももに対する励ましも、すももの努力も、どこかそんなことをやっても無駄だというあきらめのようなものがあって、それでももがいているから二人の姿は心を打つ。

例えばとかエヴァとかハルヒでも、主人公がいかに成長できないかということをきちんと描いてるから面白いわけで、この点がダメだといくら成長を美しく描いても実感が生まれない。*1

今回はそれでも変化しないはずの現実が変化してしまったという話で、これは良く言えば奇跡が起こったということだし、奇跡というのはそれが虚構であることの印でもあって、リアリティを破壊するものでもある。それをいかに本当らしく見せるかにアニメのあらゆる技術が使われるわけだが、この作品は感情や状況の表現としての作画や音楽において隙がなく、奇跡的に奇跡が本当に奇跡だと感じられる。

つまりはどこか騙されてるような気がするということですが、騙されるためにアニメをみてるわけだし、騙されたというのは本当なのだから構わないのです。

*1:しかし、これらの作品の場合はメタレベルへの通路を徹底的に開放することによってメタレベルそのものの価値を無効化することにより、逆説的に逃げ場のなさを作り出しているように見える。(というような分析は最近流行ってるようだけど、別にそんなことしなくてもななついろ★ドロップスのような普通の作品で僕は満足で、あんまり必然性を感じない。)